今回の話し手


●バーチ美和(ばーち・みわ)

 

韓国語翻訳者。東京・池上生まれ。1987年、延世大学韓国語学堂卒業。英語の技術翻訳(半導体関連)をしつつ韓国語翻訳の世界へ。2021年、韓国文学翻訳院の翻訳新人賞受賞。2022年、キム・ソヨン『詩人キム・ソヨン 一文字の辞典』の共同翻訳で第8回日本翻訳大賞を受賞。女性八人組の翻訳者グループは、バーチさん含め個性派揃いで授賞式では圧倒的な存在感を見せた。

訳書に、チャン・リュジン『月まで行こう』(光文社)クォン・ミジュ『非婚女性 けっこう上手く生きてます』(KADOKAWA)、共訳書にキム・ソヨン『奥歯を噛みしめる 詩がうまれるとき』(姜信子監訳、かたばみ書房)。

かえるの学校では、「オーラル・ストーリー文章教室」(2019年秋期)受講生でもある。


 

「きく・はな・かい」に寄せて

 

バーチ美和

 

 

 

「きく・はな・かい」の当日、会が始まると、翻訳や翻訳者に馴染みがないのか、参加者たちの顔には大きな疑問符が浮かんでいました。翻訳や訳書について話しても、あまり反応がなく、こちらの不安は募るばかり。いったい何をどう話したのか記憶がありません。

 実は、この会でインタビューを受けるお話しをいただいたとき、他の人に声をかけてくださいとお断りしました。年齢が高いものの出版翻訳者としては駆け出しで、韓国文学を俯瞰(ふかん)して話せるほどの知識もありません。しかし、渡邉先生のメールの文面からは断りきれない雰囲気が感じられ、断りきれなかったのです。

 その会も終わり、数か月経ち、参加者たちが書かれた文章を拝見すると、冷汗三斗の思いで話した言葉の数々は、床に落ちてどこかに転がっていってしまうことも、壁にぶつかって飛散することもなく、しっかりと受け止められていたことがわかりました。彼女たちがひたすら静かに聞いていたのは、実は聞き取りづらく、意味もよくわからない私の言葉を、ひとつも落とさずに理解しようという姿勢だったのかもしれません。

「きく・はな・かい」、ユニークな企画ですね。日常生活では耳をかすめていく無数の言葉から、情報だけをつかむことに慣れてしまっています。この会で行おうとしていることは、それとは逆で、言葉に耳を傾け、その言葉を深く捉え、自分の思考と融合させ、言語化していくことのようです。「きく・はな・かい」が、言葉と真摯に向き合う場として、さらに開かれたものになっていくよう願っております。このたびはお招きくださり、ありがとうございました。


 

バーチ美和さん翻訳担当書のご紹介

 

渡邉裕之

 

 

 

チャン・リュジン月まで行こう

光文社 2023年1月25日刊

 

韓国現代小説の読書体験の特徴の一つは、そこで描写される生活が日本のそれをトレースしたように同一でありながら、思わぬところで結構強いメッセージの出現に驚くところだ。本書でもこちらとまったく同じ風景が現れる。大手製菓会社に勤める20代後半・独身の3人の女性たちの暮らしの景色だ。ある日、一人が仮想通貨投資を始める。それからの展開がオモシロイ。ただの金儲けではないし失敗でもない。金はばんばん入るが心が負けていない。そこが本書のメッセージか。韓国で5万部のベストセラー。

 

 

クォン・ミジュ『非婚女性 けっこう上手く生きてます

KADOKAWA 2024年5月24日刊

 

韓国の急激な少子化現象の大きな要因の一つに、高学歴女性の非結婚志向があると言われている。そんな韓国社会に生きる女性カウンセラーが書いた本だ。彼女はかつて結婚に期待を抱いていた。しかし、ひとりで生きる選択をする。書かれた内容は意思的だ。翻訳者であるバーチ美和さんはこう書いている。「本書内で、『未婚』は結婚しないという意思があるわけではないけれど結婚していない人、『非婚』は自らの意思で結婚しないことにした人、との意味で用いています」。そう、実に意思ある女性の日常が語られる。

 

 

キム・ソヨン『詩人キム・ソヨン 一文字の辞典

CUON 2021年9月10日刊

 

今回の「きく・はな・かい」で行われたバーチ美和さんへのインタビューで、渡邉は「日本の女性を励ます言葉を韓国の本からみつけて下さい」とお願いをした。バーチさんは、本書から引用してくれたのだが、詩人キム・ソヨンは、人を簡単に励ます人ではないと思う。本書では、ハングル一文字の言葉を通して人生の様々な場面、時間が語られる。親切ではない、一筋縄ではいかない本だ。バーチさんは優しい。そのような本から励ましの言葉を引っ張ってきてくれた。